アクアの散歩

日々思ったことをダラダラと書くゆるブログ

おばあさんが亡くなって悲しさより羨ましさを感じた

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あなたは大人になってから家族を亡くしたことありますか?
両親、祖父母、兄弟、配偶者、子供ぐらいの近い関係にある人をです。
今月私のおばあさんが亡くなったんですが、なんか、悲しいというよりもその生き方から死ぬまでが全て「羨ましい」と思ってしまいました。
私もあんな最期を迎えられたら良いな〜。

実家の藤棚

<実家の藤棚>

うちのおばあさん

以前、私のおばあさんについては記事を書いたことがあるんですよ。

aqua-exp.hatenablog.jp

とにかく立派というのがピッタリ当てはまるようなおばあさんでした。
そんなおばあさんですが、さすがにガンには勝てなかったです。
でも、90歳まで生きたんですから十分じゃないですかね?
しかもですよ!
最後に入院するまでは杖は必要だけど自分で歩けたし、頭もしっかりしていて一切ボケてなかったんですから!!
こんな家族孝行な人はいないですよ。
そして、4月の後半に今まで使っていた薬が効かなくなって入院したんですけど、1ヶ月もたたないくらいで亡くなりました。
4月中は普通に話していた人が5月に亡くなって、そりゃ近所の人たちは驚きですよ。
「どうした、どうした」
ってなりますよ。

最後の晩餐

つまりはゴールデンウィーク中は入院していたわけですけど、最初の方はまだ意識もはっきりしてて元気だったんです。
遠方にいる家族を実家に呼んで1日外泊許可をもらってみんなで食事をしました。
おばあさんの子供は3人。
私の父とその兄弟ですね。
おじいさんは20年位前に亡くなっています。
孫も集まり、みんなでワイワイガヤガヤしましたよ。
あ、ひ孫もいましたよ。
人としゃべるのが大好きだったのでそりゃもう、家族に囲まれて嬉しかったでしょうね〜。
で、その後病院に戻ったらだんだん体調が悪くなってきたんです。

最後の瞬間

いつ何があってもいいように実家の荷物整理と24時間誰かが付き添ってくださいと医者言われ、家族が順番に病院に寝泊まりしたんです。
その頃はもう食事なんてできるような状態ではないです。
ほとんど寝ていてたまにパッと目を開けて、その瞬間だけ会話ができるという感じ。
延命治療はしないというおばあさんからの要望を受け、痛み止めだけ打って静かに最期を迎える事になります。

ガンがあちこちに転移していたのでもう末期だったわけで、医療用麻薬というのも使いました。
それを使うと幻覚なども引き起こして、中には家族に暴言を吐くような人もいるみたいですが、おばあさんは最期までそんなこともなかったです。
苦しいはずなのに、苦しいとも言わず。

最期の付き添い

夜中の2時ごろ、おばさん(おばあさんの娘)が付き添っていて、私がそこから交代しました。
でも、だいたい夜は静かに寝ていて途中で起きたりもしなかったので「暇だな〜」くらいに思っていたんですが、3時ぐらいに
(あれ?呼吸が静かになっている??でも、止まってはいないよね。)
と気付いた瞬間、ちょうど見回りの看護師さんが来てくれて、おばあさんの脈や血圧を測ったら
「血圧下がってきてます!すぐ家族の方呼んで下さい!」って。
「えっ!!?」って。
付き添いの人用の家族室で寝ているおばさんを起こしにいき、父と妻に電話をして子供も連れて来てもらいました。

最期の最期

15分位で近くに住んでいる家族は集まり、まだギリギリ息をしているおばあさんに向けて声をかけます。
集まったのは私の父と母、おばさんとその子供、私の妹、私の妻と子供2人と私の合計9人。
そのとき近くにいた親族は全て集まり、後は東京にいる私の姉と福島にいるおじさん家族でした。
姉とおじさんは電話をして状態を説明し、電話越しに声をかけてもらいました。
そして、みんな揃ったところで静かに息を引き取りました。

どうでした?

これがおばあさんの死に方です。
どうです?羨ましいと思いませんか?
突然死ではなく、入院中色んな人がお見舞いに来て当然家族も来て、最期息を引き取る瞬間は家族に囲まれながら。
これ以上ない幸せな最期だったのではないでしょうか?
入院初期のまだ喋ったり出来た頃に、見舞いに来た家族や友人に対してしきりに
「ありがとう、ありがとう」
って言っていたのがとても印象的でした。
なんて幸せなんでしょうか。
そんな人の孫に産まれて私は幸せです。

後日

さて、家族が亡くなったら悲しみに浸っている時間はありません。
葬式やら何やらの準備で大忙し!
そこで出てきたのが妹に託されていた「お斎に呼んでもらいたい人リスト」
告別式の後に簡単な料理を振る舞って故人を偲ぶあれですね。
そこに呼んでもらいたい人をちゃんとおばあさんはノートに残してあったんです。
何年か前に作ったみたいだったのでその間に亡くなってしまった人とかもいたみたいですけど、そこまで準備してあったとはさすが我らがおばあさん!!
こういうのをしてあると残された家族は楽ですね。

私の功績

振り返ると私自身は結構頑張ったんでないですかね?
いよいよってときに付き添っていて、家族に電話して呼び出し、遠方の家族に電話をかけて家族に囲まれる状況をつくったのは私です。
突然父に
「お通夜に来てくれた人に見せるスライドショーみたいの作れないか?」
という無茶振りをくらい、半日で慣れないパワーポイントを駆使して作り上げたのは私です。
さらに父に
「お金の管理やってくれ」
と言われ300くらいあった香典袋から妻と一緒にエクセルでリストを作ったのは私です。

結構、影でコソコソ活躍しているな!
誰か褒めてwww

まとめ

そんなこんなで家族の死で生きるチカラをもらったアクアさんでした。
ホントに、
(こんな死に方出来たら幸せだろうな〜。そのためにはちゃんと生きよう!!)
と思った次第です。

あなたは大人になってから家族を亡くしたことありますか?

こんなお別れができるのも相当珍しい方だと思うんです。
そんな私は幸せ者です。
おばあさん、ありがとう!!

逆さ虹

<御見舞に行くときに見えた逆さ虹>

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